2022-01-01から1年間の記事一覧

中国の月食と宇宙論 (1)

前回のブログで、ギリシャとの比較で中国の月食や月の理論に触れたのですけど、書いてみて気になることが出てきたので、調べてみました。今回は、その備忘録です。 月食の謎 日食の仕組みは、古代メソポタミアでも中国でも、比較的早い段階から理解されてい…

月食と月の理論~幾何学的な理論の勝利

なぜ月の理論を語るのか プトレマイオスの理論について、本ブログでもたびたび取り上げてきましたけど、主に惑星の理論のことを取り上げることが多かったです。しかし、ギリシャ天文学の幾何学的な方法のメリットがわかりやすいのはむしろ、月や日月食の理論…

メモ:五行志と天文志

先日、時計の精度の問題が気になって調べていたら、今更ながら、『漢書』『後漢書』の日食記事は五行志にある、ということを知りました*1。科学史の一般向けの新書などによると、上空の特異な現象、たとえば日食、超新星や彗星、さらには虹や暈などの気象光…

メモ:クトゥルフ神話でおなじみのジョン・ディーの『幾何原論序説』

以前、クトゥルフ神話でおなじみのジョン・ディー(1527-1609)の『幾何原論序説』をプロジェクトグーテンベルグでみつけた。ジョン·ディーはオカルティストとしての側面だけが界隈では有名だが、しかし、ちゃんと数学者でもあり、数学の実用的な有用性を理解…

古代~中世~近代の天文学史にありがちな誤解

プトレマイオスは円をたくさん使うか? まず、プトレマイオスは惑星の黄経の説明には円を二つしか使わない。そんなに円をたくさん使ったら、古代の貧弱な数学では使いこなせません。そして、後世も円の数は増えません*1。「現象に合わせるために円の数を増や…

地動説の迫害の話

「チ。」で話題の、地動説と教会の関係なのだけど、知ってる範囲で。。。— QmQ (@gejiqmq) 2022年7月9日 上のツイートをまとめなおしました。 コペルニクスは迫害されたか? 反動 教会の天文学への取り組み ガリレオ ガリレオ裁判のインパクト アリストテレ…

なぜ三角関数の歴史を追うのか

中世科学の通史を見ると、必ずや三角法の章がある。 今でも三角関数は重要だが、フーリエ解析その他の応用まで学んで初めて面白みがわかってくるものの、地味で退屈なテクニックである。そういう目から見ると、三角法の歴史に特化した章、それどころか書籍す…

中国の音律③ 律管と京房の準

たしか藪内清が書いていたはずなのですが,ちょっと見つからないので,コチラを⬇管も弦にあわせていたように記憶しています. pic.twitter.com/vT1zK2bI2v— 古代ギリシャのヘルメス (@kodaigirisyano) 2022年5月21日 今回はいよいよ、エルメスさんのツイート…

中国の音律と調律② 三分損益の数理と六十律

このツイートをきっかけに、中国の音律について調べ始めたのだった。たしか藪内清が書いていたはずなのですが,ちょっと見つからないので,コチラを⬇管も弦にあわせていたように記憶しています. pic.twitter.com/vT1zK2bI2v— 古代ギリシャのヘルメス (@koda…

中国の音律と調律①

音律の理論、西は弦楽器なのだけど、東は管楽器が基準なのは何故。。。?— QmQ (@gejiqmq) 2022年5月20日 こんな思い付きを呟いたところたちどころに、FFのet_al_2021さんが竹という素材の利便性と、中国では手軽に入ることを教えて下さった。さらに、弦は前…

天球の発見

天球の有用性 物理的な天球の概念が過去の遺物になった今でも、天球図の有用性は変わらない。太陽、月、惑星の運動を理解するには、地球の自転や公転の影響を差し引いた残りを見るのが良い。このためには、恒星の張り付いた天球を想定して、これに日周運動と…

中国の色彩論 紫は「青と赤」か、それとも「黒と赤」か

古代ギリシャでは黒と白の混合に基づく色彩論が優勢だった。アリストテレスデモクリトスも、詳細は違えど、黒白の二元論という点では共通だったらしい。これをニュートンは、黒白の混色では灰色しかできないと批判したそうだ。 ところが、偽アリストテレス『…

ニュートンを肩に乗せた巨人

ケプラー理論をめぐる混沌 ケプラーの『新天文学』は、表題に偽りない、非常に新規な天文学を打ち立てました。彼はすでに名高い天文学者でしたから、この著作もそれなりの注意をひきまして、いくつかの要素は広く受け入れられました。しかし、多くの部分につ…

「状態」の集合はコンパクト?

「Alaogluの定理」というのがある。これは、 をノルムつきのベクトル空間としたとき、の閉球が、が与える弱位相についてコンパクト という主張である。これが時々量子基礎論の世界に漏れ聞こえてきて、「つまり、状態の集合はコンパクト集合なんだ!」という…

ケプラー『ルドルフ表』〜数値計算と理論の革新

「我,港を見る(Video portum)」惑星の軌道決定に生涯を捧げたケプラーが50才の頃,1623年に友人への書簡に書いた言葉.この後1627年に『ルドルフ表』といわれる著作で地動説の優位を確実にしました.彼が港を見るまでにどんな苦労があったのか?50才にし…

光は丸くなる? 光の直進性と影

光の直進性は当たり前か 近代光学の成立に大きく貢献したイブン・アル・ハイサム『光学』では、光の基本的な性質は全て実験や観察で確認をとっている(ことになっている)のだが、直進性についてもいく通りもの実験や観察をあげている。9世紀の「アラブの哲学…

古代原子論者の視覚論

現代の科学に「近い」理論 我々科学者が昔の科学を語るとき、ついつい現代と表面上似た理論に入れ込んでしまいがちである。学問的な説として失敗していることは明らかでも、「発想は素晴らしい」などと思ってしまう。古代においても、地球中心説よりは太陽中…

地球球体説

古典期ギリシャの球体説 地球球体説の起源は、古代ギリシャである。ピタゴラス学派あたりが言い出したらしいが、原子論者のレウキッポスやデモクリトスは円筒状としていて、この説もなかなか人気があったらしい。球体説が支配的になるのは、アリストテレスが…

光学と科学史

光学と近代科学 近代にいたる科学史の概説は、力学を軸に説明するすることが多い。近代科学の誕生はニュートン力学の成立史で語られ、19世紀末からの変動も量子力学と相対性理論、いずれも力学の革新である。力学史こそは、我々素人愛好家にとって、科学史の…

中国の光学史

中国文明の光学の歴史をざっと振り返ってみる。 数年前、中国が量子通信衛星を打ち上げたとき、その名前の元になったのが戦国期の思想家墨子だった。彼の学派による『墨子』「経下」及び「経説下」に光学に関する八つの条文があるからだ。特に、その中のピン…

プトレマイオスの天動説のメリットは

科学史の解説で、「地動説は天動説よりもシンプルに惑星の逆行などを説明する」といった説明は多い。確かに惑星の見かけの運動は、惑星固有の運動と、観測者の居る地球の運動に分けて理解するほうが理解しやすい。惑星ごとに異なる逆行の振幅も、地球との相…

ヨーロッパの天文学の「衰退と再生」

物語で科学革命をドラマチックに描くとき、話の都合上、前の時代はうんとけなしておかないといけない。古代のプトレマイオスやアリストテレスをもまとめて叩くこともあるが、もう一つのシナリオとして「衰退と再生」の物語がある。つまり、古代の科学が中世…

中国と西方の天文学

中国の天文学は、やや遅れて発展した。 西方の数理天文学は、古代メソポタミアにはじまる。これがギリシャ~インド~アラビア~ヨーロッパと継承されていく。対して中国では、ほぼ一独自の発展を遂げる。(もちろん、外来の影響はあった。) だが、立ち上が…

ものはなぜ下に落ちるのか?~アリストテレスの落体論

どっちかというと、「なぜものは落ちるのか」という常識をぶち壊すような問いを立てた事の方がよほど重要な気がする。普通の人は理由を求めずに「当たり前だろ」としか思わないだろう。— 科学哲学たん/敷衍真理 (@kagakutetsugaku) 2022年1月22日 アリスト…

天動説は「間違って」いたのか?

唐突なんですが、天動説が間違っている、という時、古典力学は間違っている!というのに似た引っかかりを感じる — QmQ (@gejiqmq) 2022年1月8日 天動説は間違っている」という言い方には、古典力学が間違っている、というのと同じ程度に違和感を感じる、とい…

レギオモンタヌスと山本義隆『世界の見方の転換』

山本義隆氏は、カリスマ的な物理教育者で、また科学史の著作も多い。『熱学思想の史的展開』などは、私も受験勉強の憂さ晴らしで随分と読み込んだ。今となっては、彼の著作は書店で少し眼を通すだけになってしまった。ところが最近、表題の本がネットにもよ…

日本初の貞享暦のソースのこと ~ 朝鮮経由?イスラム天文学の影響?

日本で初めて作られた暦は、江戸時代も中頃、17世紀後半に渋川春海が編んだ、貞享暦だとされる。この改暦は数年前、映画にもなった。13世紀の中国、元朝で編纂された授時暦を参考にしたとされるが、実は状況はもうちょっと込み入っている。 どういうことかと…