それでも地球は丸くない~中国人の大地観

地球は丸い。子供ですら知る常識です。しかるに高度な文明を誇った中国においては、ほとんどこの説は知られていませんでした。このことは、中国の数理天文学の水準を考えると驚愕すべき事実だと思います。 一寸千里法とその破綻 中国でも古来、場所によって…

人類は、複雑な金星の軌跡をどうやって解明したか

このエントリーは、以下のポストを膨らましたものです。金星の軌道は離心率が極端に小さくて、他の惑星たちより一桁小さい。ほとんど円みたいなもの。ところが、金星の見かけの運動の説明は複雑で、古代から理論家を悩ませ続け、ケプラーの楕円軌道を用いた…

黄緯の問題と地動説の誕生

入門的な天文学史では、近代初期の変革を惑星軌道の二次元的な形状の問題として語ることが多いと思います。天動説(地球中心説)から地動説(太陽中心説)への変革の解説でも、ケプラーの楕円軌道(第一法則)や面積速度一定の法則(第二法則)の説明でも、軌…

メモ;ボエティウス『音楽教程』の解説を読んでみた

講談社学術文庫から、ボエティウス『音楽教程』の邦訳が出ました。音楽といっても、この本においては音楽的な実践の位置は低く、数理科学の一分科なのです。私の音楽理論史への興味(といって何を読んだでもないんですけど)もそちら方面のことで、特に比や比…

メモ:『雪華図説』以前のこと

江戸時代、雪の結晶にハマったお殿様がいました pic.twitter.com/TnqpPS8NWe— 笹井さゆり/Sayuri Sasai (@chiyochiyo_syr) 2021年12月19日 土井利位『雪華図説』(1832年)が『北越図譜』に引用されたことが、雪華文の流行を引き起こした…という話を聞くので…

六花と雪の結晶の贈り物

雪の結晶が綺麗だったので息子と鑑賞した❄️☃️❄️ pic.twitter.com/eo9VHdJmjx— さな@2Y👦🏻 (@tsuyoiko_papiko) 2023年12月31日 私が雪の結晶に興味をもったのは、高校受験の勉強をしていたときに、肉眼でも意外と見えるのだという短文を読んでからです。その年の…

メモ:黄道座標と赤道座標の変換

以下のメモはほぼ次の論文をベースにしており、図版や数式もここから引用しています。 Archive for History of Exact Sciences (2018) 72:547–563 プトレマイオス以降のギリシャ系の天文学は黄道座標系を用います。これは、日月惑星の年周運動の記述には大層…

メモ:アリストテレス『天体論』のラテン語訳

アリストテレス『天体論』のラテン語訳にどんなものがあるか?について、以下の文献のイントロに詳しかったので、メモとして要約。https://www.jstor.org/stable/4130271#metadata_info_tab_contents1175-1225年の間に、4つのラテン語訳があった。 1175 ご…

「宇宙」:中国天文学の時間と空間

常識だったらおはずかしいのですが、「宇宙」の「宇」は空間で、「宙」は時間のことらしい— Shintaro Minagawa (@s_minagaw) 2023年10月9日 「宇宙」という言葉は存外古く、『荘子』『荀子』など戦国後半期のものには出てきますし、また『淮南子』でも何度も…

メモ: 辿々しい黄道〜『太平御覧』所引の『礼記・月令』を求める中で

前回のおさらい 後漢四分暦と論暦 一定速度で変化する赤経 辿々しい黄道の取り扱い 最終的な到達点 『宋書』律暦志 なぜ黄道傾斜は詳しく扱われなかったか 黄道に沿った運動の赤経 まとめ 主な参考文献 前回のおさらい 前回、『太平御覧』に引用された『礼記…

メモ 太平御覧・時序の礼記・月令

『礼記・月令』は月々の天文現象の記事を含むため、天文学史では定番の文献です。ところが、これの『太平御覧』への引用を見ると、天文現象の部分が全然違うのです。そこで、両者の違いについて簡単にメモを残すことにしました。 『礼記・月令』とは? 『礼…

北斗と中国の天文学

北斗七星と季節。北京天文館のウエッブページより。云看展 - 云看展 | 北斗七星那些事儿 中国では非常に古い時代、季節の判断に日没時の北斗七星の柄(斗柄、斗杓)の向きを用いたと言われています*1。地球から見た太陽と恒星の相対的な位置は、日々少しずつ変…

なぜ日食は月食よりも畏れられたか〜十月之交

中国では、日食を重大な災異としました。古くは『詩経』にも、日食を政治の乱れの現れだとして嘆く詩、「十月之交」が収められています。一方、月食も災異とはされるものの、そのグレードはグッと落ちます。この差を科学史家の中山茂氏は、予測の難しさの違…

中国の月食と宇宙論(3)~金環日食のこと

「月食論を通じた、中国の宇宙構造論」というコンセプトでここ二回ほど書いてたのですが、前回、主に利用した『南齊書』天文志上では、『春秋』桓公三年七月の日食記事を引用しています: 《春秋》魯桓三年日蝕,貫中下上竟黑。 これはもしかして金環食では…

中国の月食と宇宙論(2) 『南齊書』天文志

gejikeiji.hatenablog.com 前回から随分間が空いてしまいました。この間、関連するいろんなものを読んでかなり考えも変わってきてしまいました。すると前回との接続が難しくなり、ズルズルと間が空いてしまったのでした。でも放置するのももったいないので、…

「歷」と「曆」

最近、明や清の時代の天文学書を眺めることがあるのですが、それらでは「歷」を「曆」の代に用いることが多いです(以下サボって新字体で書きます)。よって中国のデーターベースを検索する時に『曆象考成』でかからない時は、「歷」で試します。 これらの字は…

中国の月食と宇宙論 (1)

前回のブログで、ギリシャとの比較で中国の月食や月の理論に触れたのですけど、書いてみて気になることが出てきたので、調べてみました。今回は、その備忘録です。 月食の謎 日食の仕組みは、古代メソポタミアでも中国でも、比較的早い段階から理解されてい…

月食と月の理論~幾何学的な理論の勝利

なぜ月の理論を語るのか プトレマイオスの理論について、本ブログでもたびたび取り上げてきましたけど、主に惑星の理論のことを取り上げることが多かったです。しかし、ギリシャ天文学の幾何学的な方法のメリットがわかりやすいのはむしろ、月や日月食の理論…

メモ:五行志と天文志

先日、時計の精度の問題が気になって調べていたら、今更ながら、『漢書』『後漢書』の日食記事は五行志にある、ということを知りました*1。科学史の一般向けの新書などによると、上空の特異な現象、たとえば日食、超新星や彗星、さらには虹や暈などの気象光…

メモ:クトゥルフ神話でおなじみのジョン・ディーの『幾何原論序説』

以前、クトゥルフ神話でおなじみのジョン・ディー(1527-1609)の『幾何原論序説』をプロジェクトグーテンベルグでみつけた。ジョン·ディーはオカルティストとしての側面だけが界隈では有名だが、しかし、ちゃんと数学者でもあり、数学の実用的な有用性を理解…

古代~中世~近代の天文学史にありがちな誤解

プトレマイオスは円をたくさん使うか? まず、プトレマイオスは惑星の黄経の説明には円を二つしか使わない。そんなに円をたくさん使ったら、古代の貧弱な数学では使いこなせません。そして、後世も円の数は増えません*1。「現象に合わせるために円の数を増や…

地動説の迫害の話

「チ。」で話題の、地動説と教会の関係なのだけど、知ってる範囲で。。。— QmQ (@gejiqmq) 2022年7月9日 上のツイートをまとめなおしました。 コペルニクスは迫害されたか? 反動 教会の天文学への取り組み ガリレオ ガリレオ裁判のインパクト アリストテレ…

なぜ三角関数の歴史を追うのか

中世科学の通史を見ると、必ずや三角法の章がある。 今でも三角関数は重要だが、フーリエ解析その他の応用まで学んで初めて面白みがわかってくるものの、地味で退屈なテクニックである。そういう目から見ると、三角法の歴史に特化した章、それどころか書籍す…

中国の音律③ 律管と京房の準

たしか藪内清が書いていたはずなのですが,ちょっと見つからないので,コチラを⬇管も弦にあわせていたように記憶しています. pic.twitter.com/vT1zK2bI2v— 古代ギリシャのヘルメス (@kodaigirisyano) 2022年5月21日 今回はいよいよ、エルメスさんのツイート…

中国の音律と調律② 三分損益の数理と六十律

このツイートをきっかけに、中国の音律について調べ始めたのだった。たしか藪内清が書いていたはずなのですが,ちょっと見つからないので,コチラを⬇管も弦にあわせていたように記憶しています. pic.twitter.com/vT1zK2bI2v— 古代ギリシャのヘルメス (@koda…

中国の音律と調律①

音律の理論、西は弦楽器なのだけど、東は管楽器が基準なのは何故。。。?— QmQ (@gejiqmq) 2022年5月20日 こんな思い付きを呟いたところたちどころに、FFのet_al_2021さんが竹という素材の利便性と、中国では手軽に入ることを教えて下さった。さらに、弦は前…

天球の発見

天球の有用性 物理的な天球の概念が過去の遺物になった今でも、天球図の有用性は変わらない。太陽、月、惑星の運動を理解するには、地球の自転や公転の影響を差し引いた残りを見るのが良い。このためには、恒星の張り付いた天球を想定して、これに日周運動と…

中国の色彩論 紫は「青と赤」か、それとも「黒と赤」か

古代ギリシャでは黒と白の混合に基づく色彩論が優勢だった。アリストテレスデモクリトスも、詳細は違えど、黒白の二元論という点では共通だったらしい。これをニュートンは、黒白の混色では灰色しかできないと批判したそうだ。 ところが、偽アリストテレス『…

ニュートンを肩に乗せた巨人

ケプラー理論をめぐる混沌 ケプラーの『新天文学』は、表題に偽りない、非常に新規な天文学を打ち立てました。彼はすでに名高い天文学者でしたから、この著作もそれなりの注意をひきまして、いくつかの要素は広く受け入れられました。しかし、多くの部分につ…

「状態」の集合はコンパクト?

「Alaogluの定理」というのがある。これは、 をノルムつきのベクトル空間としたとき、の閉球が、が与える弱位相についてコンパクト という主張である。これが時々量子基礎論の世界に漏れ聞こえてきて、「つまり、状態の集合はコンパクト集合なんだ!」という…