XでFFのヘルメスさんが、こんなツイートをしていました。
地球っていう日本語を使った人を初出から調べていて好き(今のところ新井白石なんですね)😂https://t.co/kWXYLty8BW pic.twitter.com/h0qbuLuUgV
— 古代ギリシャのヘルメス (@kodaigirisyano) 2024年10月18日
要するに、
- 「地球」という言葉を最初に使ったのは、明の終わりごろのイエズス会の宣教師、マテオ・リッチら
- 最初に「天球」という言葉ができて、次に「地球」
- 日本では、新井白石『西洋紀聞』(シドッチからの聞き取りが1709年、1715年初稿、1725年完成)
というのがことらしいです。ただし、「地球」の語を広める上で重要だった寺島良安『和漢三才図会』も、年代は定めがたいのですが、大きく遅れることなく成立したのではないかと思います*1。
明の終わりごろ、マテオ・リッチらが紹介した西洋の学問は、徐光啓、李之藻らに深い感銘を与えました。より本格的な学問を中国に持ち込むため、宣教師の一部は欧州に戻って、書籍、人員、最新情報を集めます*2。一方、徐光啓は朝廷を動かして新部門(暦局)を設立し、人材を集めて翻訳と天体観測を遂行する体制を整えました。こうして、短期間のうちに膨大な量の西洋の知識が中国語に取り入れられたのでした。当時の中国語は東アジアの学問語ですから、朝鮮や日本も翻訳事業の恩恵を受けました。その一例が「地球」だったわけです。
…正直、さほど意外でもなかったので、最初は「へ~」と流したのですが、やがてジワジワと疑問が湧いてきました。まー、普通は天や地に球形を意味する「球」をつけたのだろうと思いますよね?上記pdfでも古関先生は
「地球」は漢字で二文字で ある。それぞれの文字に固有の意味がある。 「地」は人間を支える大地であり、 「球」は丸い形状を表わす。
と、噛みしめるように説いています。しかし、後でのべるように、「地球」のほかに「天球」という言葉がほぼ同時期に成立しており、後で述べるように、むしろ「天球」の方が先に成立した可能性があります。そして、「天球」は元々、全く丸い形状では無かったのです。
- そもそも、丸いものを「球」とよんだのか?
- そもそも、「球」は丸いのか?
- 「球」は「毬(まり)」?
- しかし、代用の実例は少ない
- 『尚書』の天球
- 「天球」「地球」から「球」へ
- 今日の使用状況との違い
- 天球儀、地球儀としての「天球」「地球」
- まとめのようなもの
- 参考文献
- 付録
そもそも、丸いものを「球」とよんだのか?
そもそも、中国の伝統的な数学や天文学では、球体のことを「円」「丸」「渾」、あるいは「立円」「渾円」などとよんでいます。「球」は見たことがありません。北宋の沈括『夢溪筆談』象数一では、
「日月之形如丸。…如一彈丸,…」
と太陽や月の形状を説明しています。なお、「彈丸」は、当時は弩(クロスボウ)で飛ばしたようです。算書ですと、『九章算術』少広の最後に球の体積を与えて直径を求める問題が2つ出されているのですが、球は立圓(円)とよばれています。また、この問題の注を読むと、「丸」「渾」といった名称が使われたことがわかります*3。
まあでも、この明末の翻訳で旧来の用語と決別して新語を使う例は、「三角形」など他にもあります。日本の明治期でも同様だと思います。ですから、「あー、またこのパターンか」と思った程度でした。
しかし、なんでこの文字を使ったのか…と字書を引いたとき、困惑はさらに増幅しました。
そもそも、「球」は丸いのか?
現在、中国でも球体は「球」の文字であらわします。しかし、元々この字の意味はなんだったのでしょうか?
まず手軽に引ける、清朝で編纂された『康煕字典』で「球」を引いてみたのです(ネットにいくつもサイトがあります*4 )。これは、徐光啓とマテオ・リッチの100年後に勅撰によって編纂された、非常に完備した字典です。ところが、その「球」の項目には、丸い形という意味はのっていません。この文字の「求」の部分は音を表し、「王」の部分は鉱物の一種である「玉(ぎょく)」を意味するようです。(これが本当の字源かどうかは知りませんが、伝統的にはそう思われていたということが、今の文脈では重要。)そして、美しい玉(ぎょく)、あるいは玉で作った打楽器(磬(けい)、又は玉磬)といったいった意味が説明されています。球や球の形のもの、という意味は出ていません。 (付録に全文を引用して説明をつけました。)下に磬(けい)の図を掲げておきますが、見ての通り、むしろ直線的です。

なお、「玉」を丸いものと結びつけるのは日本独自のようです。例えば、藤堂明保『漢和大字典』*5では「日本語での特別な意味」として、「たま。まるいもの。」としています。中国の字典をいくつかひいてみましたが、やはり「まるいもの」という意味はありませんでした。「玉」はあくまで素材の名前で、円環や方形、あるいはもっと複雑な形状に加工されました。貴重なものでしたから、祭具や装飾に使われてきました。玉製品の例としては、璧(へき)、圭(けい)、琮、璜(こう)、玉璽、そのほか佩玉、簪などの装飾品などが挙げられます。
それから、俗説的な字源を載せているウエッブサイトが結構ありますが、それらは全くあてになりません。日本の漢和辞典の字源の説明も、微妙なようです。
「球」は「毬(まり)」?
上述したように、マテオ・リッチのやや後の権威ある『康煕字典』には、「球」の球体という意味を載せていません。しかし、この字典も、(当時の)現代的な用法や、正式でない用法はどの程度拾っているのか?実際、「地球」「天球」という言葉は既に使われており、後でのべるように、数学の本では現代とほぼ同じ意味で用いられているのですから。
仕方がない、直接当時の用例をみてみるか…と愛用しているctext.orgで「球」を検索すると、「毬」という文字を含む文が大量にヒットしています。そこで同サイトの字典機能でチェックすると、「球」が「毬」の異体字に加えられていました*6。それから、『康熙字典』によると「毬」の音は「球」の第一の音(つまり、固有名詞以外の意味に対応する音)と一致しています。論文はないかと探したところ、邱、2003,pp.79-80に、「球」に元来は「丸いもの」という意味がなく、「毬」の音を表すために用いられているとの指摘がありました。
では、この「毬」はどういう意味か。植物名などの派生的な意味はさておき、元々の意味は蹴鞠用のボールらしいです。後には馬にのってプレーする、ポロのような球技「撃毬」のボールを意味するようになりました*7。
また、この意味から転じて球形のもの全般をさすそうです。例えば、以下のリンクをご覧ください(各々の意味の古さは、用例からわかります。)。
毬的解释|毬的意思|汉典“毬”字的基本解释
球形、もしくはその喩えと思しきもとしては、
至正十七年六月癸酉,.... 所至有光如毬,死者萬餘人。(『元史』五行志二)
球形の光が至るところに現れて、沢山の人が亡くなった、と。自然現象なのか、怪異なのか?次の引用は、モンゴル帝国の時代にイスラム世界から伝来した地球儀だとされています*8。
西域儀象... 其制以木為圓毬,七分為水,其色綠,三分為土地,其色白。(『元史』天文志一)。
地球儀の形状を、「圓毬」つまり、円い毬としているのです。
次に動植物の例。南宋の王質の詩「山友辞」に、「屈陸兒」なる鳥は、
…翅有兩白團如毬,…
「羽に二つの毬状の白いかたまり(白團)がある」と描写されています*9。
図があるものはないかと探したところ、球状のポータブルの香炉に行き当たりました。現在は「薫香球」「香球」とよばれることが多いようですが、『宋史』『元史』では全て「香毬」です*10。

これらの「毬」は、「球」で代用されることがありました。例えば王質の詩「山友辞」の別の版*11では、「如毬」ではなく「如球」になっています。「香球」「撃球」といった表現も、数は多くないのですが、見つけました(後述)。
また、日本における「地球」の初出、新井白石『西洋紀聞』には、「毬」の代用の分かりやすい例が含まれています:
大地、海水と相合て、其形圓なる事、球のごとくにして…、其地球の…
この太字にした「球」には「キウ」と音が、「テマリ」と訓が添えられています*12。添付した画像は、内閣文庫所蔵の、享保年間の、白石自筆とされる写本です*13。

また、「球」に音「キウ」と訓「マリ」を付した、建部賢弘『綴術算経』の版本の影印をFFの方に見せていただきました*14。これらは、「音を手がかりにこのような意味に取ってくれ」と促しているのだと思います。
つまり、「球」本来の意味には球体という意味はないものの、同音の文字に球体を表す「毬」という文字があり、通用もしていたのです。
しかし、代用の実例は少ない
しかしながら、「球」が「毬」の代わりに使われたといっても、以下にのべるように、事例はそんなに多くはありません。
人文研の漢籍リポジトリでは異体字を区別する設定で、影印も確認しやすいので、以下でヒットする数の比較をしてみます。
- 「香球」8,「香毬」245
- 「撃球」1、「撃毬」75
- 「打球」2、「打毬」745 (撃毬の別名。福本論文の最初のページ)
- 「球場」2、「毬場」283 (撃毬の競技場。『漢語大詞典』「球場」の項目参照)
なお、『漢語大詞典』では陸游の詩「送襄陽鄭帥唐老」の一節を「球場」の用例としていますが、搜韵では「毬場」となっており、典拠に依存しそうです*15。
それから、「如球」(球のようだ)という言い回しも検索してみたのですが、球形を意味するのは合計2件だけでした*16。なお、北宋初期の類書『太平御覧』*17で「球」を検索したのですが、球形を含意したり、「毬」の代用と思しきものはありませんでした。
総合すると、「球」が音を通じて、あるいは「毬」の代用として、球状のものをイメージさせることは可能だったと思います。しかし、そのような用例は多くはなく、また「球」という文字の主要な用法でもなかった。白石は「球」に音と訓の両方を注記していますが、球体という意味を伝えるために必要だったからだと思います。そしてすでに述べたように、『元史』天文志(明の初期の編纂)では、地球儀の形状を「毬」に喩えています。
つまり「球」という文字は、ラテン語sphaeraの訳として意味は通ったと思いますが、自然な選択ではなかったのでは?より有力な候補がいくらでもあったのでは?という疑問が湧きます。旧来の用語を用いてもよいし、「毬」をそのまま使ってもよかったのではないでしょうか?上で引用した論文、邱、2003もこの点を不審として、なぜ「球」を用いたのかはよくわからない*18と書いています。
『尚書』の天球
以上のことから、「球」の採用には、何か特殊な要因が働いたと考えざるをえません。そこで気になったのが『康煕字典』に「美しい玉」という意味の、次の用例です。
天球河圖在東序。(『尚書』顧命)
これがひょっとして…ということで論文をさぐってみました。すると、黄河清氏が一連の論文*19において、「天球」の語はここから取られたのでは、と述べていました。そして、荒川清秀氏*20の見解を引き、「地球」の語は「天球」の類推であるとしています。
『尚書』顧命は先秦時代に書かれた、非常に古い経書です。「天球」の語は、周の成王の死に伴う康王の即位の儀式の会場の説明にでてきました。会場の設営における、祭具の配置の説明の中に現れます。そして、文字の意味や前後関係から、玉製の祭具、あるいは楽器だとされています。なお、後漢の鄭玄の注では、「雍州所貢之玉色如天者」(雍州に産する天のような色をした玉)とあります。形状ではなく、色が天に似ているから「天球」らしいです*21。なお、天の色はどんな色は「玄」、すなわち赤みがかった黒とされました。この色については、以前記事を書きました。
gejikeiji.hatenablog.com
『尚書』に「天球」の形状についての言及はありませんが、これが玉製の楽器「磬」(上図のように、「へ」の字型です)だというのは、一つの標準的な説明です*22。また、『漢語大詞典』の「天球」の項目には、「古琴」という意味も出ていました。これは、同じ楽器であることからのアナロジーでしょう。私の調べた範囲では、『尚書』の天球は「丸いもの」とイメージされていた形跡は見当たりませんでした。
よって、ラテン語sphaera caelestis の訳語として「天球」が用いられたのは、「毬」と「球」が同音であること以外に、天とのつながりや高貴なイメージ、そして『尚書』という古典の影響力によるものだと思われます。
前近代の中国では、なにかと古典に根拠を求めます。天文学でも、新しい概念や機器が出てくると、度々こういったこじつけがありました。例えば、前漢武帝期になって盛んに使われるようになった、渾天儀(アーミラリー球)という天体観測機器があります。これを権威付けるために、やはり『尚書』が利用されました。『尚書』舜典に、舜が即位した直後、
在璿璣玉衡,以齊七政。
とあります。後漢以降の解釈によると、この「七政」は日月と五つの惑星をあわせたものだそうです。そして「璿璣玉衡」は玉製品であり、モノとしては渾天儀とよばれる、天体観測機器とされました(もちろん、無茶な解釈)。つまり、伝説の帝王・舜の即位後の最初のアクションは、なんと最新機器を投入しての天体観測だった*23!
また、明末の翻訳運動で、古典から用語を拝借している例は他にもあります。例えば、アリストテレス・プトレマイオス的な天球の多層構造は「九重天」とされていますが*24、これは『楚辞』天問の文言を借りているのです。もちろん、両者の宇宙構造論は全く異なります。
このような「こじつけ」は、新知識を古来の学問に馴染ませる役割を果たしましたが、同時に古典の解釈も変容させてしまいます。例えば、「璿璣玉衡」の上に掲げたような挿絵が平然と描かれるようになりますし、「九重天」という訳語の選択は、『楚辞』の解釈に影響を与える可能性を孕みます。
「天球」もまた、同様だと思います。ただ、『尚書』顧命の「天球」は明らかに人造の器物であって、自然物である天球(sphaera caelestis)とは、カテゴリーが違いすぎる点は気になります。『尚書』の「天球」の正体はイエズス会士らのいうsphaera caelestis だ!とはどうこじ付けても言えそうにありません。これについては、また後ほど言及します。
「天球」「地球」から「球」へ
黄、2017によると、「地球」が確認できる最古の文献は、マテオ・リッチの世界地図です。彼は、1583年に欧文で、1584年に中国語で世界地図を発表して好評を博します。残念ながら、これらは全く失われてしまっており、ただ1600年の『山海輿地全図』は『月令廣義』(1602年)と『三才図会』(1607年)への引用で残っています。
地図の右上に挿入されたテキストに「天球」、そして左上および左下のテキストに「地球」という語が確認でき、これが最古の確認できる出典です。そして、『坤輿万国全図』(1602年)、『幾何原本』(1608年)の序文、宇宙構造論の書『乾坤体義』(1610年)でもこれらの語は盛んに用いられて*25、『乾坤体義』には「日球」「月球」すら出現し*26、「球」が球体を表す接尾辞として盛んに用いられています。
數位文化中心

明末翻訳運動や、その影響で成立した数学関係の文書を見ると、「球」は球を表していますし、球面は「球面」「球上」などと言われています。例えば、球面幾何学を扱った『新法算書』所収の『大測』のある部分、梅文鼎『暦算全書』所収の『弧三角形挙要』、康煕帝時代の『暦象考成上下編』巻二、などで用例を確認できます。後の二例は、宣教師の関与はないので、中国側の専門家にもこの用語が浸透していたことがわかります。
なお,『坤輿万国全図』の向かって右上隅のマテオ・リッチの署名入りの文章、及び『乾坤體義』に
地與海、本是圓形、而合為一球、居天球之中、誠如鷄子、黄在青內
とあり、ほぼ同一の文が『三才図会』にもあります*27。白石の『西洋紀聞』の文は明らかにこれに似ています。
今日の使用状況との違い
「天球」「地球」から始まって、球体を表す代表的な言葉になってきた「球」なのですが、やはり使用状況には現代とは異なった点があります。
例えば、清の康煕帝の時代の数学の叢書『數理精蘊』でも「球」は球の意味で用いられますが、同時に「圓(円)球」という言葉も非常によく出てきます。「円い球」ですね。おそらく、「球」は「圓(円)」と違って、図形や球形の物体を表す名詞であって、形状を表す形容詞としては使えないのでしょう。
また、「渾圓」といった古い用語も消えてはいません。数学的な文書でも、『數理精蘊』下編や『暦算全書』所収の『弧三角挙要』に用例があります。天文学的な文献ともなれば、なおさらのことです。例えば、下のキャプチャーを見てください:

「地球、以円形、倣地之本体」とありますね。また、「地球、倣地之原形、必為円(第十六巻・二十)」、「地与海之円、亦各自為円形、未必併為一球(巻十六・七)」というのも見つけました(いずれも『渾天儀説』)。「円」は、図形の名前であり、同時に形状をあらわす形容詞でもあります。一方、「球」は球形の物体や図形のみをあらわし、まだ形状そのものを表す言葉にはなっていないように思います。すでに引用した新井白石『西洋紀聞』の「大地、海水と相合て、其形円なる事、球のごとくにして」も同様です。
天球儀、地球儀としての「天球」「地球」
『明史』天文志一に
萬曆中,西洋人利瑪竇、制渾儀、天球、地球等器。仁和李之藻撰《渾天儀說》,發明製造施用之法,....
崇禎二年,禮部侍郎徐光啟兼理曆法,請造象限大儀六,紀限大儀三,平懸渾儀三,交食儀一,列宿經緯天球一,萬國經緯地球一,
とあります。これらは物品のリストで、「天球」「地球」は天球儀、地球儀だと思われます。また、先に引用した『渾天儀説』の「地球、以円形、倣地之本体」「地球、倣地之原形、必為円」なのですが、これらの「地球」は、明らかに地球儀です。(なにせ、大地の本体や原形を模倣するわけですから。)同様に、「天球」の語も天球儀の意味でも使われています。
『尚書』の「天球」を訳語の成立の契機として見たとき、一つひっかかっていたのが、指し示すもののカテゴリーの違いでした。つまり、sphaera caelestisは天空に広がる巨大な透明な球で自然物、一方、『尚書』の「天球」は人造の小さな器物です。もしも、「天球」の訳語が天球儀を意味するところから出発したのなら、このギャップも埋まると思うのです。
まとめのようなもの
まとめると、「天球」は「天」と球体を表す「球」の結合…と思いきや、もともとは『尚書』に出てくる言葉であって、天のような色の、美しい玉製の磬(直線的な形状をした打楽器)とされていました。そもそも球体は他の言葉で表すのが普通であり、例えば元の時代に招来された地球儀の形状は「毬」(まり) にたとえられています。「球」は「毬」と同音であることを通じて球体を表すこともあったのですが、頻度は多くなく、大抵は美しい玉や玉製の磬を表し、人名などにも使われました。それが明末の翻訳運動の時に、おそらくは最初に天球儀、ついでアリストテレス的な天球を表す言葉に大抜擢され、意味の重心が変わり始めます。「球」が球体になったのは、天球sphaera caelestisが丸いからだ…といってしまっても良いかもしれません。非常にアクロバティックな訳語の成立です。このあと、翻訳を通じて「球」は用法を拡大して、数学的な球をも意味するようになります。
中国は古くから数学や天文学を含め、分厚い文明の蓄積があります。その中に、どのようにして異質な西洋の学問を取り込むか。徐光啓の「鎔彼方之材質、入大統之型模」(彼方の材料をとかして、大統の型模に入れる)は、そのような問題意識を如実に表しています*28。しかるに、彼が主導した『崇禎暦書』には、中国では欠落していた、三角法も幾何的なモデルも、きっちりと説明されています。これらが「大統之型模」に収まり切らぬことは、『幾何原本』の翻訳に関わった徐光啓は十分承知していたと思います。にもかかわらず、彼は明初のイスラム天文学の導入のように、数理を省いて結果の数表だけを借りる方針を取りませんでした。つまり、程度のほどは不明ながら、「大統之型模」の変成を覚悟した上での前進だったと思います。
翻訳語の選択も、そういった取り組みの一部だろうと思います。知識量からして、「天球」や「九重天」を引っ張ってきたのは、李之藻や徐光啓彼らの方でしょうし、この選択には彼らなりの意図があると思います。一方、それを受けての言葉の運用は、マテオ・リッチらの側に基本的には委ねられていたはずです。特に彼らが言語に習熟した後では。『乾坤体義』などは、リッチが中国に来て随分と経ってから公開されたものです。
このあたりの両者の相互作用の機微については、相当の研究がありそうで一度勉強してみたいものです。それはさておき、現在は「球」は球体をあらわす語として、旧来の用語をすっかり置き換えてしまっています。例えば、「香毬」も専ら「香球」と書かれていますし、黄河清氏の初期の論文では、『尚書』の「天球」を「一种球形的玉石」だとしています。これは後に訂正されるのですけど、それだけ言葉に対するイメージが塗り替えられていることの証拠だと思います。
参考文献
- 荒川清秀、近代日中学術用語の形成と伝播—近代日中学術用語の形成と伝播 : 地理学用語を中心に、白帝社,1997:62.
- 邱韻如、觀天論地:明清士人對地「球」與地「動」之論辯。中華科技史學會學刊,(28),78-94、(2023)
- 古関武志、明治の日本が作り出した新しい言語、一橋法学 3 (3), 1001-1012, 2004-11
- 橋本敬造、『崇禎暦書』の成立と「科学革命」、1981 http://hdl.handle.net/10112/00022864
- 田村誠・吉村昌之 「『九章算術』訳注稿 (12)」大阪産業大学論集 人文・社会科学編 13 (2011.10), 1--19https://osu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=1096&file_id=18&file_no=1
- Chu Longfei 褚龙飞 and Shi Yunli ⽯云⾥ (2012). "Chong zhen li shu xi lie li fa zhong de tai yang yun dong li lun《崇祯历书》系列历法中的太阳运动理论 (The Theory of Solar Motions in the Chongzhen Lishu Series)." Ziran kexueshi yanjiu ⾃ 然科学史研究 31 (4): 410-427.
- 黄河清“‘地球’释源”,北京:《地球》,2001年第4期;黄河清“‘天球’、‘地球’、‘月球’、‘星球’考源” ,北京:《科学术语研究》,2002年第4期。 ;黄河清“‘利玛窦对汉语的贡献", 《語文建設通訊》2003年第74期。黄河清”地球”冶探源, 中国科技术语/2017 年、第19 卷 第 3 期
- 福本 雅一、中国における撃毬の盛衰と撃毬図屏風について、京都国立博物館学叢 = The Kyoto National Museum bulletin / 京都国立博物館 編 (21), 1999-03https://cir.nii.ac.jp/crid/1523951030935329024
付録
『康煕字典』の「球」
以下、改行と番号は筆者。
- 《唐韻》巨鳩切《集韻》《韻會》《正韻》渠尤切,x音求。
- 《說文》玉磬也。《書·益稷》夔曰:戛擊鳴球。《傳》球,玉磬也。
- 又《廣韻》美玉也。《書·顧命》天球河圖在東序。《詩·商頌》受小球大球。《傳》球,玉也。
- 又琉球,國名。詳後琉字註。
- 又《集韻》渠幽切,音虯。
- 美玉名。《集韻》或作璆。
まず、基本知識として、『康煕字典』に乗っている語義は、全て過去の辞書類や古典から集めています。よって引用だらけで、地の文はほんの少しです。上では、引用元を《》に入れて表示しています*29。1と5は発音の説明です。漢字は二つ以上の音のあるものが沢山あります。「球」の場合、二通りの発音があることがわかります。音が違うと、字面が同じでも違う単語です。2-4は1の発音をするときの意味で、6は5の発音をするときの意味です。そして、「又」で区切られるごとに、違った意味が提示されています(なので、「又」の直前で改行しているのです)。
2,3,4,6が意味を説明しているわけですが、4は国名、6は固有名詞。打楽器「玉磬」という意味は2で、美しい玉という意味は3になります。
一部、フォントが足りなかったので、影印へのリンクを貼っておきます(武衛殿本)
康熙字典網上版 KangXiZiDian.Com
明末清初の数理科学文献
冒頭述べた通り、宣教師たちの一部は途中で一時帰国し、本格的な第二次派遣団を組織して戻ってきました。そして、いよいよ西洋天文学による改暦事業がスタートします。これを境に、文書の内容は専門性を増し、宗教的・哲学的な色彩を薄めます。改暦事業に関係した文書の代表が徐光啓撰『崇禎暦書』を構成する文書で、それ以前の文書の代表が李之藻撰『天学初函』に収められる諸文書です。また『天学初函』以外にも、初期のマテオ・リッチらの世界地図『輿地山海全圖』『坤輿萬國全圖』『乾坤体義』は、影響力が非常に大きかった。また李之藻とフルタードの『寰有詮』は時期は遅いのですが、アリストテレス『天体論』の抄訳+注釈で、概念の導入史からいっても、興味深いところです。
これらの文書は、ある程度インターネットの公開資料で内容を窺い知ることができます。ただ、『崇禎暦書』は公開されておらず、アダム・シャールのいくつかの著作を追加して清朝で編纂され改定された、『新法算書』を見ています。清が中国に入ってきたタイミングで、アダム・シャールは自らの著作若干と『崇禎暦書』をまとめて増補した『西洋新法暦書』を献上し、暦の編纂を任されます。後にこれが改定・改名されて『新法暦書』となり、四庫全書に『新法算書』として取り入れられます*30。ただし、これらは完全に同じなわけではなく、若干の改変がほどこされているようです。そもそも、『崇禎暦書』にもいくつかの版があるそうです。
このように複雑な来歴の文書の、未校訂の本を素人が見ているので、限界は自ずとあります。
付録:話の枕にした文書について
冒頭話の枕にしたエッセイは、そのような意図で書かれていないから当然ではありますが、「地球」の語源の資料とするには若干の注意が必要だと思います。
たとえば、辞典中にあった『新法暦書』を『西洋新法暦書』のタイポと考えてられるようにみえるのですけど、上述したように、フェルビーストが康煕年間に『西洋新法暦書』を改訂したとき、タイトルを改めて『新法暦書』としています。
また、白石の『西洋紀聞』からの引用文については、「テマリ」というフリガナがあらぬところにふられていてしまっていて、意味が通らなくなっています。
それから、「地球」の初期の用例とされるものの中に、地球儀の意味で用いられているものが混じっています。
章太炎『章太炎説文解字授課筆記』
これは、章太炎という、清末〜民国期の儒学者・政治運動家の日本滞在時の講義の筆記録です。取り上げられているのは、現存最古の字書『説文解字』ですけど、字書そもものだけでなく、各々の「字」についても論じています。そんなのどこで読んだんだよ…と思われるかもしれませんが、数字化という字書のサイトで引くと、字書本文のあとに、同書の関連する部分が引用されています。
「球」の項目を引くと、『詩経』商頌の「小球大球」という文言の解釈が論じられ、その中で「球」が円体を表す理由を考察しています。曰く、同じ音の文字で、球形を含意する文字が多い、と。
王氏注,拱梂皆訓灋,凡从求聲之字,多有圓意。如裘(裘必團毛使之圓?),莍(莍食?)、鞠(平聲為球)。
なぜ「鞠」があって「毬」がないかというと、「撃毬」のところで引いた福本論文の最初のページに
…鞠はもともと獣毛を皮包んだ蹴鞠であり、唐になってから毬の字を用いたことがわかる。
と書いてあるような事情だと思います。「鞠」の球形のもの一般を表す比喩的な用法も、調べるべきでした。ただ、鞠以外の二つの文字は、若干分かりずらいです。「裘」は皮や毛皮で作った衣服ですし、()内は筆記者の注記と思われますが、解釈に苦慮しているようにみえます。
「毬」の「球」に似た字体
なお、あまり関係ないかもしれませんが、「毬」にはこんな字体もあります。

あまりにも球に似ているので、なんとなく気になりました。
*1:一応、1712年序ですが、こちらは版本に年代が入っておらず、しかも版本ごとに内容が若干ちがうとのこと(東洋文庫版の序文)。1715年にも内容の追加があった(「和漢三才図会」岩波日本史辞典、CD-ROM版)。よって、今残る版に近い形になったのがいつかは、おそらく既に研究があるのでしょうけど、素人には全く見当がつきません。現行本の天部の重要な参考文献となっている、游芸『天経或問』は1720年まで禁書でした。これも禁制はあくまで版本で、写本では流通していたという話もありますが、それでも禁書をおおっぴらに引用するのは難しいのでは?ただ、素人考えですが、現行本の地部で再び地球球体説を述べているのですが、ここは一部『天経或問』に依ると思しきところはあるものの、『三才図会』(1607)を主な典拠にしており、骨格は初期の版に遡る可能性があると思います。例えば、「地與海、本是圓形、而㒰為一球、居天球之中…」やマテオ・リッチの『山海輿地全図』が共通しています(ただし、同図の四隅に挿入されていた文章が「地球」の語と初出とされているのですが、『和漢三才図会』ではこの挿入文が略されています)。そして、「地球本円、如弾丸」というフレーズがあり、これは『天経或問』や『三才図会』にもなく、それどころか漢籍の各種データベースでも見当たりません。おそらくは、著者の作文なのだと思います。
*2:天文学に関していうと、ケプラーも情報を提供していますし、ガリレオは協力を拒んだものの、彼の望遠鏡も伝えられました。
*3:『九章算術』には、魏晋の劉徽と唐の李淳風が注をつけています。この部分については、どちらの注か不明のようです。また、劉徽は「丸」を用い、後漢の暦算家の張衡は「渾」だそうです。田村誠・吉村昌之、2011を参照。
*4:例えばhttps://www.kangxizidian.com。これは読みやすいし、影印へのリンクもあって便利です。ただ、検索結果の表示が初期設定では「簡易」になってしまっているので、クリックして「完整」にするのを忘れずに。それから、 https://www.zdic.netや[ctext.org]とhttps://ctext.org/dictionary.pl?if=gbはいくつもの字書を串刺しで検索してくれて、その中に康煕字典が入っています。前者は現代の字書も入っていて、英訳もつき、段玉裁『説文解字注』も表示されるなど、至れりつくせりです。後者は、異体字も列挙してくれ、各種文書の用例も自動的に表示してくれます。
*5:学研NPS版、Ver..1.10, 1998年
*6:搜韵 (漢詩のデーターベース)や東文研のデータベースでも同様でした
*7:撃毬は唐の初期から盛んになり、明の中ごろに急激に言及がなくなるそうです。福本、1999
*8:黄、2017
*9: 紹陶録巻下、四庫全書・文淵閣本。漢籍リポジトリhttps://www.kanripo.org、及び十萬卷樓叢書本、ctext.org。
*10:ctext.org提供の摛澡堂四庫全書本、人文研の漢籍リポジトリ提供の四庫全書・文淵閣本(ともにテキスト検索の後、ヒットした箇所を影印でチェック)し、中央研究院の漢籍電子文献でも検索。また、これらの検索で出た箇所は、中華書局の校訂本、そして百納本でもチェックしています。
*11:『兩宋名賢小集』巻一百九十六。漢籍リポジトリhttps://www.kanripo.org
*12:話の枕にした、古関先生の文章での引用では、この二つの振り仮名のうち、「テマリ」がずれて別のところについています。今の所、そのような写本、あるいは版を見つけられていないのですが…
*13:https://www.digital.archives.go.jp/file/1257783.html、中巻、2/37
*14:国立公文書館デジタルアーカイブhttps://www.digital.archives.go.jp/DAS/meta/listPhoto?LANG=default&BID=F1000000000000030087&ID=&TYPE=、28/63。
*15:ただし、データベースの検索でヒットする中には、重複もあります。同じ文章が別の文献に引用されていたり、異本も別件にカウントしたり。また、適切でない例も紛れているでしょうし、データベースのテキスト化の間違いや、文献の偏りも気になります。しかし、これだけはっきりとした差が無意味だとは思いません
*16:一つは既に述べた「屈陸兒」、ただし『兩宋名賢小集』の欽定四庫全書本、巻一百九十六に収められているものです。もう一つは『欽定日下舊聞考』卷四十九(欽定四庫全書本)。これ以外に『圖經衍義本草』から二件かかったのですが、影印で確かめたところ、「如毬」でした。他は明末以降の翻訳の派生物か、別の意味でした。
*17:ctext.org提供の摛澡堂四庫全書本。テキスト検索ののちに影印でチェック。テキストデータでは「球」となっているものが影印では「毬」である例多数。
*18:p.80, 「。由此,地球之「球」字應寫成「毬」,為何利瑪竇捨「毬」而採「球」,不得而知。」
*19:黄、2001; 黄、2002; 黄、2003;黄、2017
*20:荒川, 1997
*21:黄、2003では『尚書』の天球について「“天球”在汉语中原指一种球形的玉石」、すなわち「中国語では元々は球形の玉石を指す」と述べ、『漢語大詞典』の「天球」の項を見よとあります(黄、2002などにもほぼ同様の記述)。しかし、該当の項目を確認したところ(オンラインで無料で見れる範囲にあります)、「天球」の形状についての記述はなく、色について鄭玄注と同様の記述がありました。なお、黄2017ではこの記述は修正され、「《汉语大词典》收有“天球冶 条。 “天球冶 一词古已有之, 原为玉名或琴名。 至于这种玉或琴是怎样的形状,《汉语大词典》没有具体说明。 见该词典第 2 卷 1432 页“天 球冶条。」と妥当な記述になっています。
*22:馬融の注、“球,玉磬”が『尚書正義』に載せられていますし、朱子『朱子語類』樂古今でも、「但大樂亦有玉磬,所謂『天球』者是也。」とあります
*23:「璿璣玉衡」の解釈の変遷については、Cullenによる専論があります。https://www.jstor.org/stable/616703。『史記』天官書では、北斗七星と結びつけられていました。なお、「玉」という素材は「天」とご縁が深いです。例えば「壁」という真ん中に穴の空いた円盤型の玉製品は、天としばしば結びつけられました。康煕字典をひくと、「《玉篇》瑞玉圜以象天也。《白虎通》璧者,外圜象天,內方象地。」などとあります。
*24:つまり、ninth sphere を認めるバージョンだったようです。
*25:黄,2017
*26:黄、2002
*27:地與海、本是圓形、而㒰為一球、居天球之中、如雞子、黄在青內。(『三才図会』地理一巻)
*28:橋本、1981、p.74
*29:版本は、ctext.orgで提供されているものを用いました。
*30:褚, ⽯, 2012, p.410