中世から近世までの数理科学史に興味があると、否応なしに三角法(三角関数)の歴史が一つのジャンルを成していることが眼につきます。解説のたぐいで独立の章や節が割り振られたり、専論の書籍すらあります。ところが、中国には三角関数はついぞ、誕生しませんでした。
こういうと、「以前のブログで、唐の一行のtanの表は世界でも最古だと書いているじゃないか」と言われそうです。
gejikeiji.hatenablog.com
さらに沈括によって発明されて授時暦で用いられた、円弧と矢の間の近似的な関係(弧矢術)が、ポピュラーな読み物の「三角関数の歴史」に含まれているのを見た人もあると思います。これらは、現代にあっては無用の長物かもしれませんが、いずれも美しい数学的な達成です。
しかし、ブログにも書いた通り、そもそも歴史的に「tan」は三角比の一部ですらなかったんですよね。「分類がどうなっているかは関係ないんじゃないの?」という疑問を持たれるかたもいるでしょう。以下の説明を読むと、なぜ別扱いが必要なのかわかると思います。
自分自身が三角関数の名前と定義を知ったのは、中学生くらいだったと思います。当時、自分は「三角関数」というものを少し誤解していて、任意の角度のsinやcosを計算する方法を教えてくれるものだと思っていました。もしもそんなものが計算できるなら、自分が受験勉強で悩む幾何の難問など、単純な計算で次々と解けてしまうじゃないか、なんと素晴らしい!と思い、高校に入って三角関数を学ぶことを楽しみにしていました。
ところが、実際に三角比や三角関数の授業が始まると、sinやcosの数値の計算方法は、いつまでも出てきません。一応、教科書の後ろには数表がついていましたが、この表をどうやって作ったのかは教えてもらえませんでした。授業で教わるのは30°や45°などのわかりやすい場合だけで、「そんなものは、教わらなくてもわかっている」と不服に思いました。
あまり興は乗らなかったものの、生真面目に一応の勉強はしました。そうやって色々と計算をしてみると、だんだんとこの技法の便利さが分ってきました。たしかに、与えられた角度xのsin(x)やcos(x)はおいそれとは計算できません。しかし、三角関数には様々な公式が成り立ちます。これらを駆使すると、値のわからないままでも計算を進めることができ、問題をより簡単な形に変形できるのです。
ただ、この気付きは、大学数学で習ったテーラー展開で上書きされてしまいました。これを用いると、sinやcosの値がいくらでも高い精度で求まってしまいます。しかも、その計算式は単純で美しいのです。まあ、三角関数の歴史をたどる上でも、三角関数表の作成は重要なトピックですし、「関数」というものが微積分などを通じて成立していく過程で、無限級数の存在は大きかったです。そもそも、値を評価しなくても問題を簡単化できるとはいえ、最終的には値を求めれないことには話になりませんから。
しかし、「値の評価を後回しにして計算や分析を進めることができる」というのは、三角関数の非常に大きな利点です。仮に値を簡単に求められたとしても、cos, sinのままで計算を進めたほうが多くの場合は計算は楽ですし、一般的な性質もわかりやすいです。(解析学的なcosやsinの分析においても、三角関数のこの性質は当然の前提です。)
近代以前には記号的な代数の表記は萌芽的な段階でとどまっていて、代数計算はほぼ言葉でなされてきましたので、現代ほど便利ではありませんが、やはり三角関数この性質は、運用の柔軟性に非常に貢献しました。
ここで、一行のtanの表(罫表)や沈括と授時暦の弧矢弦之法、とくに後者は何を達成したのかを考えてみます(前者は複雑な幾何の問題の解を目的としていませんので)。弧矢弦之法は、球面幾何的な問題、すなわち西方では三角法や球面三角法を用いて処理された問題に適用されていたからです。
「弧矢弦之法」とは、三角関数と逆三角関数の値を近似計算をする手法です。これによって、幾何的な問題を数値の計算の繰り返しに帰着したのです。これは自分が中学生の頃に三角関数に期待したのと同じ機能と運用です。
一言付け加えるなら、ギリシャ〜インド〜アラビア〜ラテン語世界での使用方法においても、「計算の繰り返しで幾何的な問題を解く」という点は同じです。ただ、しかし、三角関数の様々な性質を援用して、より柔軟な計算が可能になっているわけです。
弧矢弦之法の問題として、三角関数表を用いる方法よりも精度が低いことが挙げられます。たしかに、それは問題といえば問題なのですが、弧矢弦之法は簡単さの割には驚くほど精度は高いです。また、明末の朱載堉や、我が国の和算家たちによって、精度は改善していきました。特に後者は、ついにはテーラー展開と同様の算法にまで行き着きます。(彼らの仕事はいずれも、数学好きであれば、感心せずに読むことは不可能で、いつかまとめて書きたいと思います。)
しかしながら、三角法(三角関数)のメリットは、値の評価を後回しにして計算を進めることができる、柔軟性にあります。この点で、弧矢弦之法やその和算における後継の手法は、残念ながら劣っていました。
三角法は、ヒッパルコスの弦の表が起源といわれます。数表を盛んに用いる計算技法は、バビロニア人の得意とするところでしたから、その影響はあるのだと思います。しかし、ギリシャ人の「図形の一般的な性質、すなわち定理」に興味をもつ精神は、三角法にも及びました。プトレマイオスは、すでに「弦の表」の一般的な性質をいくつか見つけて、表の作成に活用しています。
三角法の本格的な展開は、インドに渡ってからのことだと言われています。インドでは、より計算に向いている半弦、すなわちsinが発明されました。また、インドの算術においては、計算方法はアルゴリズムの一般的な記述で提示されます。これは、バビロニアで典型的に見られた数値例による提示方法とは一味、違います。やがて、三角法がアラビアにわたると、算術的な側面と論証数学的な方法論が融合し、より豊かになってラテン語世界に引き渡されます。
そうして、イエズス会の宣教師らによって、初めて中国に三角関数が輸入されるのでした。しかし、『崇禎暦書』の記述はちょっと中途半端でした。十分に理論が消化されるには、中国人学者らによる再構成がかなり大きな役割を果たしています。