色覚は、なかなか複雑な構造をした感覚です。これを整理して図示したのが表式系ですけど、心理的な印象に基づく体系だけに絞っても、何種類もあります。なぜ一本化出来ないかというと、各々、独自の強みと弱みがあるからです。つまり、一つの図式では十分に表現出来ないほどに、色は込み入った構造を持っているのです。ただ、どの表式系も三次元に色が配置されている点は共通で、色の三次元性は19世紀も半ばになってやっと整理されてきました。それまでは、大小様々な混乱がありました。
色と明るさの関係などはその一つではないかと思います。現代のどの表式系でも、明るさをあらわす属性(明度、輝度など)が色相(hue)と分離した独立の性質として建てられています。例えば、同じ「黄」や「青」の色相であっても明るい色もあれば暗い色もある、ということになります。
- アリストテレス的体系
- 明るい色と暗い色
- 中世における変容
- 中国の五色と色の明るさ
- 黒を混ぜると
- 『説文』と色の明るさ
- 白を混ぜるか、黄色を混ぜるか
- 今ひとつ体系的でない五色説
- 付録:「説文解字』の白や黒との混色
- 付録:色の三属性
- 主な参考文献
アリストテレス的体系
しかるに、アリストテレスに代表される、古典期ギリシャの色の体系は、この色相と明るさは強く関係付けら得ていました。アリストテレスは、色を「明るい」順番に以下のように一次元的に配列します。

そして、全ての色は白と黒の「混合」で生じるとしました(この「混合」は今一つ曖昧で、アリストテレス『感覚と感覚されるものについて』とアリストテレス派の『色について』の間でも違いがあります。絵の具の混色も視野にはいっていますが、それだけでもないのです。)。
現代では、すでに述べたように色相と明るさは別の属性だと考えられ、通常は3次元空間で表現されます。また、白と黒のどのような混合でも中間の色は生じませんから、この理論はやはり未熟なのです。
明るい色と暗い色
しかし、色が「明るさ」に着目して配列されている点は興味深いです。先ほど、色相と明るさは別の属性であると述べました。しかるに、黄色を青に比べて明るく感じるのは、かなり一般的な感覚だと思います。このあたりを、現代の表色系ではどのように処理しているのでしょうか?
既に述べたように、現代は様々な表式系があるのですが、その一つ「マンセル表色系」の場合で説明します。マンセル表色系では、色相のほかに「明度(明るさ)」と「彩度」という属性を考えます。彩度とは色味の強さのことで、白〜灰色〜黒ではゼロの値をとり、そこから遠ざかるほど大きな値になります。おのおのの色相で彩度のもっとも高い色を「純色」といいます。
確かに同じ色相の中にも明るい色も暗い色もあるのですが、純色に着目すれば明るさの比較ができます。たとえば、「黄色は青よりも明るい」という言明は「純色で比較するなら」と注釈を加えれば、マンセル表色系でも意味のある言明になります。
アリストテレスの時代に「純色」の概念は望むべくもありませんが、色の混色の観察は断片的ながら適切ですし、ぼんやりと「純度の高い色」の認識はあったと思います。そして、一次元に並べた五つの色は、なんらかの意味で「主要な色」だとの認識だったと思われます。なぜ際立った色が数少ないかについて、『感覚と感覚されるもの』の中で音律とのアナロジーを持ち出しています。つまり、これらの主要な色は2対3や4対3のような単純な整数比に対応するのだ、と。
しかし、不思議なことに黄色や赤はともかく、leak green(πρασινον)とはくすんだ緑色です。なぜこの色が主要な色に選ばれたのでしょう。色の体系の整合性の問題なのかもしれませんが、私には不明です。
中世における変容
中世になると、染色の技術も盛んになり、また職人たちにも技術について文書を残すものが現れ、また知識人も技術に興味を持ちます。
するとやがて、染料の色を濃くしていくと明るい色から暗い色に変化することが注意され、アリストテレス的な1次元的な配列にも変化がもたらされます。
たとえば、ラテン語にも翻訳された、イランのイブン・スィーナー『魂論』の色の理論では、白から黒に至る系列が三本記述されています。
また、13世紀の博学者トゥーシーは、技術者Al-Jawahari al-Nishaburiに基づいて、5つ以上の系列を記述しています。このように染色の技術を媒介にして、多次元的な色空間が徐々に理解されていきました。

中国の五色と色の明るさ
さて、明るさと色相を積極的に絡めた古代ギリシャに対して、両者をより分離してあつかったのが、前回も触れた中国の五色説で、この説では黒白赤青黄の五色を「正色」とします。つまり、黒や白と残りの三色は、対等の関係にあるわけです。
gejikeiji.hatenablog.com
今まで述べた西方の事情が念頭にあると、後漢の鄭玄の赤系統の色の系列は、ちょっと興味深いです。もっとも薄い「縓」という色から始めて、染色を繰り返すにつれて徐々に色が濃くなり、ついには七回目にして黒になります。各段階の色の名前は以下の通り。
| 回数 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
| 色名 | 縓 | 赬=赤 | 纁 | 朱 | 緅 | 玄 | 緇=黒 |
この系列を作成するにあたり、彼は『爾雅』釈器と『周礼』考工記をあわせ、さらに欠落した4,6に相当する部分を独自の考察で補っています。
黒を混ぜると
色を濃くするには、何度も染めるほか、「黒を混ぜる」という手もあります。鄭玄も『周礼』考工記の注で
染纁者、三入而成。又再染以黒、則為緅。…又復再染以黒、乃成緇矣。
と述べています。つまり、さらに赤系統の染料にさらに漬けるのではなく、黒で染めるのも同じ効果をもたらすと考えていたのか、と。
今でも、黒や白をまぜることは、色相を変えずに明るさを変える手軽な手法として多様されています(彩度が落ちてしまいますから、安易な多用はいけないと教わりますが。。。。)、
『説文』と色の明るさ
後に鄭玄のこの構成は、注疏や正義に継承されていきます。また、彼の少し前に編纂された許慎の『説文』とも(細かい齟齬はあるものの)概ね整合性があるように思います。
ここでは『説文』で色の明るさをどう扱っているか、とくに鄭玄も述べた「赤の系列」において見ています。
まず、鄭玄の「赤の系列」の最も薄い赤系統の色を表す「縓」という字を調べてみると、
縓: 帛赤黃色。一染謂之縓,再染謂之䞓,三染謂之纁。
つまり、「縓」は赤と黄色の中間とされています。最初に見たときは、「オレンジっぽい色なのか、じゃあ鄭玄のいう薄い赤とは違うじゃないか」と思いました。しかし、続く「一染謂之縓,…」の部分は『爾雅』釈器からとってきており、鄭玄と同じ同じ色の系列が念頭にありそうです。実際、2回染色したときの色「䞓」については
䞓:赤色也。...
となっていて、「縓」は薄い赤で間違いないと思います。
つまり、薄い明るい色は染料を薄めても作れるし、また黄色を混ぜても作れる、と考えていたことになると思います。
また、鄭玄の系列で5段階目に当たる「緅」については
緅:帛青赤色也。从糸取聲。
となっていてます。つまり、「青」を混ぜると暗くなると思っていたのだすると、両者の辻褄が合います。
白を混ぜるか、黄色を混ぜるか
さて、『説文解字』では、薄い赤「縓」は赤と黃色の混色とされましたが、白を混ぜた場合については、
紅:帛赤白色。
とあります。「紅」は後に赤を表すようになってしまいますが、古典的には「間色」の一つとされており、明確に赤と異なる色でした。清の段玉裁曰く、「按此今人所謂粉紅、桃紅也。」、つまり今で言うピンク色だろうと。推測の根拠は説明してくれてはいませんが、今の日本の色の表現とほぼ一致しています。
確かに染料を薄めたのと白を混ぜたのでは彩度が違いますから、「縓」ではなく別の色である「紅」になる、というのはそれなりに納得できるところです。
しかるに、赤に黄色を混ぜると色相が変わってしまいます。同じ疑問は、暗くするために青を混ぜていることについても当てはまります。
ただ、後者の青との混色については、一応解決の目処があります。中国の「青」は英語でgrueなどといわれ、青から緑の間の非常に幅の広い色全体、あるいはその範囲の中のある特定の色を表します。ここでは、おそらくは黒に近い紺色なのではと思います。もしかしたら、「黄」についても同様で、現在の黄色よりも彩度の低い色を指していたのかもしれません。
よって「黄」や「青」で明度の調整をすることをさほど怪しむことはないのかもしれません。しかるに、「白」や「黒」との混色との使い分けの基準も、今のところわからないです。
今ひとつ体系的でない五色説
言わずもがなではありますが、『説文解字』の五色説に、近代の表色系のような精密さを求めてはいけないのでしょう。だいたい、「青」が上述のような多義性をもっている時点で、相当の意味の幅を覚悟しないといけないわけです。例えば、「濃い赤」と思しき「緅」は上に引用したように、
緅:帛青赤色也。
という説明だったわけですが、
紫:帛青赤色。
と完全に説明がバッティングしてしまっています。
付録:「説文解字』の白や黒との混色
なお、『説文』でも白や黒を混ぜている例は「紅」以外にもいくつかあります。
縹:帛青白色也。
黇:白黃色也。
㳷:青黑色
䵎:黃黑色也。
「縹」については、段玉裁の注を信じれば浅い青とのことで、辻褄があいます。
付録:色の三属性
色の構造の表現の仕方は一通りではありませんが、通常は3つの属性を用いいて表現します。例えばマンセル表色系では以下の3つを用います。
主な参考文献
- Kirchner, E. (2015), Color theory and color order in medieval Islam: A review. Color Res. Appl., 40: 5-16. https://doi.org/10.1002/col.21861
*1:ただし、逆は真ならずで、紫と赤の間の色相の色は、いずれも紫と赤の単色光の混合で得られます。